船井総合研究所 コーポレート・アドバイザリーとして関与した案件を中心に記述しております。特に弊社創業年である2004年以降のクローズ案件の場合、弊社の関与の公表を了解いただいている案件については、社名を記載しています。
ミスズ(2008年4月クロージング)

 株式会社ミスズの創業オーナーである代表取締役からの依頼により、全株式をプリント基板及びプリント基板検査装置の開発・販売の大手企業であるシライ電子工業株式会社に譲渡しました。

 ミスズは、1960年代にカメラ用の露光部分の電子制御を行う部品開発・製造業として創業されました。当初はカーボン抵抗を利用した部品でしたが、その後ニッケル薄膜を利用したより精度の高い抵抗部品の製造を行うようになりました。抵抗値を細かく可変させるためには、ニッケルの線幅をコントロールする技術に磨きを掛ける必要がありましたが、これの技術を応用することで、現在の精密基板の製造ができるようになりました。最初の製品は、1990年代に発光ダイオードを載せる電極基板を自動車部品メーカー向けに提供を開始し、現在まで一貫して某大手自動車メーカーの全車種に搭載されています。この電極基板技術を発展させて、受発光用の半導体素子のチップオンボード基板を開発、また近年では携帯電話の液晶バックライトとして用いられるLED基板や今後の市場拡大が期待されるブルーレイ用基板の製造も開発し、大手メーカーに安定して納入を行っており、この分野では国内有数の開発・製造企業に成長いたしました。

 同社の創業者でオーナー社長は、60才台後半になりましたが、社内に事業を承継できる後継者がいないこと、以前外資系バイアウトファンドから経営譲受の提案があったものの条件面で合意にいたらなかったことなどから、事業会社への経営権の譲渡による事業承継を決意し、弊社に相談がありました。

 弊社では、ミスズの製造工場を訪問し、製造工程やこれまでの製品を評価し、今後チップオンボード、LED基板の分野に事業展開をはかりそうな企業をリストアップしました。さらに個々のプリント基板の事業会社の状況を分析した結果、連結子会社がミスズの工場の近隣に位置しており、いろんな面での事業シナジーが得やすいことが判明し、全株式の譲受をシライ電子工業にご提案させていただきました。同社は、株式取得の検討に際しメインバンクのアドバイザリー部門を指名し、また公認会計士や弁護士に依頼し検討を加えた結果、2008年3月に「株式譲渡契約書」を締結し、4月に全株式の譲渡が実行されました。シライ電子工業にとって、ジャスダック上場後はじめてのM&Aでした。同社は、成長市場かつ高付加価値分野であるモジュール基板分野への進出をM&Aにより一気に実現することとなりました。2009年には中国での新鋭工場の稼動も予定されており、一層の成長が期待されます。

K社(2007年3月クロージング)

 K社は、射出成形加工を行う会社で、創業以来40年以上に渡り社長夫妻が運営しており、社員も10名前後と小規模で、社長夫妻の住宅と工場がひと続きとなっており、外から見るとどこにでもよくあるような町工場でした。しかしながら、同社は炭素繊維(カーボンファイバー)を主原材料とした産業用射出成形部品の製造では、日本国内有数の技術力を持つ企業で、売上高は数億円ながら、売上高経常利益率は30%程度で安定しているハイテク型の企業でした。炭素繊維は、軽くて、強くて、耐久性があることに特色があり、近年では航空機の一次構造材料としても大量に用いられております。

 同社のオーナー社長は、子息に会社の事業を継がせるつもりはなかったこと、社内に事業を承継できる社員がいないこと、仮に承継を希望する親族等がいたとしても、株式を取得するだけの資金を用意できないことから、事業会社への株式譲渡による事業承継が有力な選択肢であると認識していました。ここ数年は商工会議所や民間金融機関等が行っていたM&Aセミナーに何度も出席して、情報を収集してきましたが、M&Aの専門家に一度も具体的な相談ができないまま、数年が過ぎておりました。

 やがて社長は70才台になり、40年以上お世話になった顧問の税理士に会社を清算する前提で相談しました。顧問税理士は、会社を清算すると会社が消滅するだけでなく、従業員は職を失い、また株主も株式譲渡と比べて多額の税金を納めることになることを指摘し、会社清算を決断するまえに、一度だけM&Aによる事業承継ができないか専門家に相談してみるようアドバイスしました。こうして弊社に対してオーナー夫婦から相談がありました。

 会社を訪問させていただき、製造現場と製品を拝見させていただいた結果、小規模ながら収益性が高く、無借金で財務内容も健全であることから、弊社ではM&Aが可能と判断しました。そこで興味を示す事業会社の探索を行った結果、射出成形加工の会社であるS社が興味を示すであろうと判断し、全株式の譲渡をご提案させていただきました。

 S社は同じ射出成形加工の会社ですが、生産している部品は民生用部品が中心で、受注から納品までの納期が短いだけでなく、製品寿命が短く、単価下落が激しいという厳しい環境の中で事業展開をしている企業です。これに対し、K社は、生産している部品は産業用部品で、長期的な計画生産が可能であり、製品寿命が長く、高付加価値の製品です。更に、炭素繊維がココム規制の対象となっている関係から、簡単には中国などの海外生産にシフトする危険は生じないと見込まれ、S社がK社の事業を加えることの事業シナジーは明確でした。

 S社の株式取得にあたっては、K社のキャッシュフローが潤沢なことから、S社のグループ会社を受皿会社にして買収に必要な資金のかなりの部分を銀行借入れでまかなうLBO(レバレッジド・バイアウト)スキームを提案し、資金調達元となる都市銀行も紹介させていただきました。S社はこのスキームを利用して、自己資金をほとんど用意することなくK社の株式を取得してグループ化することができました。

 株式取得後最初のK社決算は、前年に比べ大幅な増収増益を達成し、社員は職を失うことなく継続して勤務しており、会社は順調に推移しています。また株式を譲渡したオーナー夫妻は、悠々自適の生活を楽しんでおり、関係者全てがハッピーな結果となりました。

エアーリンク(2006年7月クロージング)

株式会社エアーリンクの創業オーナー株主からの依頼により、全株式をモバイルオークション「モバオク」やネットオークション「ビッダーズ」を運営する株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に譲渡しました。

 エアーリンクは、1970年代に格安航空チケットの販売を開始した企業の1社で、瀧本泰行会長(夫)と滝本文江社長(妻)の2人の創業者により経営されてきたオーナー企業です。格安航空チケットの業界において、類まれな事業家である澤田秀雄に率いられたエイチ・アイ・エス(HIS)は、独自の戦略により旅行業界の大手企業の1社に成長しましたが、それ以外の企業はエアーリンクを除き、競争激化のあおりで収益が低迷し消滅してゆきました。このような急激な環境変化の中で、エアーリンクは有料会員制をとって、年数回の会員誌による通信販売に注力して国際・国内航空チケットやパッケージツアーの予約・販売などを行ってきました。また90年代には、いち早く会員に対するファックスを利用した自動送信システムを導入するなど、工夫をこらした販売方法をとってきました。また旅行に付随した海外旅行保険や生命保険・損害保険の販売を行い、通信販売による特定分野の保険の販売実績では日本で最大(2005年度)のシェアを持つにいたりました。こうして直近の決算では、利旅行事業と保険事業を併せて売上高100億円弱、安定して黒字を計上する収益力をもち、無借金の財務内容というしっかりした企業内容でした。

 瀧本ご夫妻には、3人の子供がいましたが、それぞれ独立した社会人として自立していたことと、ご夫妻には子供には会社を継がせるつもりはなかったため、弊社が同社の事業を引き継ぐ先への円滑な事業承継をサポートいたしました。

 近年、旅行事業はインターネット事業やモバイル事業との親和性が高いことから、楽天やヤフーなどのネット企業の大手は重要な収益源として旅行部門を強化していました。そこで、2005年に東証マザーズに上場して、急速に成長を続けているDeNAに対して、株式譲受の提案をさせていただきました。DeNAは、外資系大手経営コンサルタント会社のマッキンゼーのパートナーだった南場智子氏が1999年に創業した企業です。東証上場後はじめての決算(2006/3期)では、売上高64億円、経常利益18億円を計上、四半期ベースで確実に成長を続けています。協議を開始して両社で事業シナジーを検証したところ、10万人の顧客基盤を有するエアーリンクの旅行事業及び特定分野でシェアトップの保険事業の経営資源と、DeNAの展開する事業やシステム開発力を組み合わせると、魅力的な事業展開が可能との結論に至り、諸条件交渉の結果、2006年7月に全株式の譲渡が実行されました。DeNAにとっては、東証上場後はじめてのM&Aでした。エアーリンクは、2007/3期第2四半期から連結子会社となり、積極的に事業を展開しております。

金融サービス関係(2005年6月クロージング)

 金融機関A社(上場企業)の依頼で、買収交渉を行っていた金融サービス関連業B社のデューデリジェンスに際し、セカンド・オピニオンを求められました。
 B社からデューデリジェンス用に監査法人や法律事務所に提供された資料を基にして、B社及びB社の経営陣には非接触の状態で、デューデリジェンスレポートについても閲覧せず、弊社独自の視点で調査・分析を開始し、買収の機関決定までに確認が必要な重要事項を指摘し、ターゲットとすべき買収価格の算定を行いました。
 その結果、当事者間でほぼ合意に達していた買収価格は高く評価しすぎていることが判明し、減額交渉すべきとの結果に到りました。そこで、買収価格の減額交渉で、先方に指摘すべき事項や減額の交渉方針についてアドバイスさせていただきました。その結果、クライアントであるA社は、最終的な買収金額の10%弱に相当する5億円弱の減額を実現いたしました。弊社の活動期間は1ヶ月弱で、きわめて大きな成果を上げることができました。なおクロージング後に、B社に関しては、別の金融機関がもっと高い値段で買収提案を行っていたことが判明しました。A社は競合より安い価格で、買収を勝ち取ったことになります。

シー・アンド・シー(2004年9月クロージング)

株式会社シー・アンド・シーの株主からの依頼により、全株式をトーカドエナジー株式会社に譲渡。

 シー・アンド・シーは、ダイビングや水中撮影に利用する水中カメラやビデオの防水装置(ハウジング)及びアクセサリー機器の企画・開発・販売において世界トップシェアの企業です。2003年には、世界で始めてデジタル水中カメラを開発し、販売を開始しました。
 同社の創業は、1972年にガレージで、手作りで水中ストロボを開発することから始まりました。その後順調に成長し、国内では600店以上のダイビングショップと直接取引口座を有し、また世界各国に代理店を有し海外向けの売上高が50%弱を占めるなど、国際的に知名度が高い企業で、ダイバーには絶大なブランド力があります。高いシェアを反映して、収益性も業界でトップクラスでした。

 同社の創業者達が、50才台後半になり社内に事業を承継できる後継者がいないことから、私達が同社の事業を引き継ぐ先への円滑な事業承継をサポートいたしました。この分野に関心の深い事業会社やファンドとのコンタクトを重ねた結果、グループ内にカメラストロボやアクセサリー機器の開発会社を有するバッテリーや電池の生産会社であるトーカドエナジーが全株式を取得し、現在はグループの中核企業の一つとして成長しています。

アールの介護(2004年4月クロージング)

 株式会社アールの介護(現:ワタミの介護)の創業オーナー株主からの依頼により、全株式を日本最大級の投資会社である株式会社ジャフコに譲渡しました。

 アールの介護は、神奈川県の県央部を中心に有料老人ホームを展開しています。同社の「厚介護・低負担」のポリシーが入居者の支持を受け、2003年当時としては施設介護事業者の中では唯一、社団法人シルバーサービス振興会が付与するシルバーマークを取得するなどサービスレベルは折り紙つきで、有料老人ホームの業界では日本で1位、2位をあらそうほどの高収益企業に成長いたしました。
 同社の創業者でオーナー社長は、60才台後半になり社内に事業を承継できる後継者がいないことから、私達が同社の事業を引き継ぐ先への円滑な事業承継をサポートいたしました。この分野に関心の深い事業会社やファンドと話し合いを重ねた結果、日本最大級の投資会社であるジャフコの事業投資本部が運営管理するファンドが全株式を譲受し、3年以内に株式上場を目指すこととなりました。譲渡総額(買収金額)は、2004年当時ヘルスケア業界では過去最大規模のM&A取引となりました。

 アールの介護は、ジャフコの投資を受け入れた後、新規施設を順次開設し、新しい経営陣をスカウトし株式上場に向けて社内体制の整備を行っていました。その過程で、「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになりたい」をスローガンに積極的に事業を展開し、介護分野への本格的な進出を計画していたワタミ株式会社から提案があり、2005年3月全株式が譲渡されました。
 結果的に、アールの介護の事業承継は、ファンドを経由して東証1部上場企業として事業を展開するワタミの連結子会社として最適な形で引き継がれたことになります。同社では積極的に施設を展開してゆくことを発表しています。


 
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